「今日、ピエロはメイクを落とす」

松本 つばさ

松本 つばさ

32歳にしてである。今まで最も長く勤めていた期間は二年半。働いてきた職種は30を超す。もちろん大学も出ていない。そんな人間が海外へ行くとどうなるのか。

音楽に傾倒していた19歳は、音楽で一旗あげてやろうとロンドンへ渡る。エコノミー席でエレキギターを股に挟みながら20時間以上もフライトしたのにも拘らず、何故か入国審査に通らず、そのまま日本に強制送還されてしまうのである。
格闘技に傾倒していた27歳は、立ち技最強の格闘技はムエタイ、ムエタイはタイの国技、なら本場タイでプロデビューをしよう、と安易な発想からタイへ渡るのである。
バックパッカーをしながらタイで計8戦をし、トロフィーを貰えるまでにはなった32歳は、精神的に、何より肉体的に摩耗してしまい、これから先の人生、仕事の事を考える度に途方に暮れるのである。

日本で積み上げてきたものなど何もない。「皆が懸命に汗水垂らして働いてる時に、お前は好き勝手やってきたのだ。そのツケが回ってきているだけだろう」誰が考えてみてもその通りだと思う。しかし、心から納得していない、そんな人間もなかにはいる。

いつだって一人、勝手に日の丸を背負って戦ってきた。人の3倍は涙を流してきた。どうして私だけがこんな目に遭わなければいけないのか。好きなことだから。自分が望んでやっていることだから。そんな言葉で割り切れるほど簡単ではなかっと。

タイの一大祭りソンクラーン、通称水かけ祭り。阪神タイガースが優勝した時の大阪道頓堀、サッカー日本代表が勝利した時の渋谷スクランブル交差点、それらに匹敵する盛り上がりが朝から日が暮れるまで三日間続くお祭り。
減量に苦しみながらのロードワーク中でも構わず水をかけられる。トレーナーすら里帰りしているジムでただ一人、汗水垂らして、正確に伝えるなら減量中でなかなか汗が出ない中、ひたすらサンドバックを叩く。それをタイのジムの日常通り、朝・夕一日二回も行うのである。
今回で最後だ。もう二度とやるものか。朝からびしょ濡れになってしまった靴を脱ぎながらつぶやく。しかし悲しいかな、外に出しておけば午後のロードワークの時間にはすっかり乾いているのである。神さまも走れと言っているのか、と強引に結び付けて再び走り始めるのであった。

そんな人間が、くどい、私、が培ってきたもの、自信を持って言えることなど一つしかない。
「大切なのは相手を斬る長刀ではなく、自分の腹を斬る短刀である」
腹を括れる、覚悟を持っているということだ。
日本での面接の際にこのようなことを言うと、大方世界は一瞬止まってしまうのである。しかし、それがタイやフィリピンなどの海外なら、少なくとも日本よりは、アピールに繋がるのではないだろうか。

32歳にしてである。学歴も職歴すらないに等しい。そんな私は、気持ち的には十代の頃からいつだって世界と勝負してきた。今も変わっていない。世界で勝負がしたい。英語をしっかりと学んで、必要ならタイの大学に行って、向こうで働きたい。今まで目を向けていなかった仕事について真剣に向き合って、勝負がしたい。日本でやれないことが、世界に行ってやれる訳がない。それは断じて違う。少なくとも私はそう言い切ってしまう。日本で公式な試合などに一切出ていない私がタイではすでに8戦もしている。そんな人間を、私は、私しか知らない。

家族や友人が私に言う。「お前はいつだってそう。なんてポジティブなんだ。いつまで子供じみた夢を見ているんだ」と。その度に私は声を大にして言い返す。「将来のことを考える度に、昔から頭を抱えてきたんだ!そんなオレがポジティブであるわけがない。どうしたらポジティブでいられるのか、夢を抱きながら生きていける方向へ、足を進めようとしてるだけなんだよ!」

皆さん、どうかその方向に光を当てて下さい。よろしくお願します。

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