バイク便が始めたゼロからのフィリピン英会話事業(QQイングリッシュ)

学歴もなく、人脈もなく、そして英語も話せないバイク便が
フィリピンで英会話事業に単身乗り込んだ。

毎年10%売り上げがダウンするバイク便、最盛期は200社を超える会社が乱立した時代もあった。今ではほんの数社が生き残るだけだ。残念なことにQQ便はナンバーワンではない。さらなる飛躍が期待できない状況で打って出たのがフィリピンなのだ。
「座して死す」よりと背水の陣でバイク便は副社長に経営を任せ全ての私財を処分して単身乗り込んだ。バイク便の私が何故、英会話事業を始めたかお話ししよう。

単なるバイク便。

私は教師でもグローバルエリートでもないバイク好きのバイク乗りなのだ。バイクが好きでバイク便を始め、好きなバイクのメインテナンスの為にバイク屋を作り、好きなバイクを輸入したくて輸入業をやっている。きっかけは10年前、輸入の仕事で知り合ったイタリア人とバイクの話がしたくて語学留学に訪れた地がフィリピンだったのだ。
当時の私はエンジンの音を聞いただけでメーカーも排気量も直ぐに分かった。しかし英語の聞き取りはさっぱり分からず「L」とか「R」とかと言うレベルではなく、まさにさっぱり聞き取れなかったのだ。本当に一から学習だったがフィリピンで英語を学んで話せるようになった。
40歳からの学習だったが英語が話せるようになり人生が劇的に変わったのだ。今まではバイクが好きでバイクだけで人生が終わるはずだった私が世界10か国でビジネスをするようになっている。英語を話せるようになって海外に出てみると、やってみたいことがオンパレードなのだ。こんな素敵な世界を知らずに死ぬのは勿体なすぎる。少しでも多くの日本人に「英語を話せるようになって人生を変えて欲しい」と心の底から思った。そんな私の思いで始めたのが英会話事業なのである。

フィリピンで大発見。

フィリピン人は最高に英語を教えるのが上手いのだ。先ず声を大にして言いたいのはフィリピンで英会話学校を作ったのは人件費が安いからではない。世界で一番英語を教えるのが上手だと思ったからだ。あまり知られていないがフィリピンは世界第三位の英語圏(フィリピン大使館のフォームページより)である。母国語はタカログ語だが小学校の時から数学や、理科、社会など全ての授業が英語で行われていている英語が公用語の国なのである。言ってみればフィリピン人は世界で一番成功した英語の学習者なのだ。
もともと話せるネイティブより学習により習得したフィリピン人の方が英語の勉強の難しさを理解していて、的確に教えてくれる。そして何よりもフィリピン人の性格が教師に向いているのだ。世界中で働くフィリピンの看護婦さんは優秀だと有名だ。そしてフィリピンの家政婦さんも世界で活躍している。これは大家族で育った彼らがお互いに助け合い、他人に何かしてあげるのに慣れているからなのだ。教師もまさに他人に教えるわけだからフィリピン人の特性を生かせる最高の職業と言える。私は思わぬ大発見をしたのだった。フィリピンの教師は違う。たんなる英語が話せるだけのネイティブと専門の教育を受けたフィリピンのプロの教師の違いを試して欲しい。

経営は日本式。

フィリピンにある韓国人オーナーの英会話学校は素晴らしいマニュアルを作り誰でも同じ品質で教えられるようにして欧米留学の安価版を作って勝負している。
私は日本が得意な高品質の学校を作ることにした。日本方式とは良い職人を時間をかけて育て品質で勝負する方法だ。私は教師も突き詰めれば職人だと思っている。私の学校にパートの教師はいない。全員正規雇用にして長期的な視点で人材育成をするのと同時に徒弟制度のようなシステムを作り先輩が後輩を鍛える方法を採用したのだ。フィリピンの優秀な教師と日本の職人を鍛えるシステムを融合させ欧米留学の安いコピー商品ではないフィリピンオリジナルの本当に英語が話せるようになる学校を作りたかったのだ。
海外のバイクを輸入して気づいた事だがコピーバイクは悲惨である。外装やカタログ的なパワーをまねすることができても、その乗り味や、耐久性と言った根本的な品質をまねできないからだ。 英語にも言えると思った。フィリピンの英語留学はこのままではコピーになってしまう。
コピーバイクは出だしこそ安さで市場に広まるが、内容が伴わないと一気にしぼんでしまう。中国からはいってきたコピーバイクは今では声すら聞かないのはご存じだろう。
私はフィリピンでアメリカ留学でもイギリス留学、オーストラリア留学とも違う切り口で本当に英語が話せるようになる学校を作りたかったのだ。

何故話せるようになったか。

40歳からのフィリピン留学だったが偶然見つけた学習法が効果をもたらした。
私は東京でのバイク便があるので長期留学することができなかったし、駅前留学では継続できなかった。そこで時間ができると一週間、二週間といった短期でフィリピンに留学し、日本に帰って来たらフィリピンで知り合った先生とオンラインで勉強をしたのだった。オンライン英会話を継続するのは大変だったが時間ができたらまたフィリピンに留学すると思うと自然に勉強に力が入った。一年もたたないうちに英語が自然に口から飛び出てきたのだ。

私の考える英会話学校とはこうだ。

これからの英会話のキーワードはLCC(格安航空会社)とインターネット学習だ。LCCを使い現地に飛び込み特訓をし、インターネットを使いタブレットやスマートフォンでどこでも勉強するのが21世紀の英会話学習方法なのだ。
今までの欧米留学やオーストラリア留学なのでは値段もそうだが何よりも距離が遠いので気軽に往復できない。しかしフィリピンには4~5時間で行くことができるのだ。LCCを使ってフィリピンに行き一週間英語の特訓をしても10数万円しかかからない。駅前留学に高額費用を払うぐらいなら日本を飛び出した方がよっぽど有効なのだ。今まで留学と言うと会社を辞めなくてはいけなかったが一週間の長期休暇が取れれば留学できるのである。もっとも一週間留学しただけでは直ぐに忘れてしまうし、環境に慣れるだけでも時間がかかってしまう。しかし事前にオンラインで学び帰ってからも継続できれば効果は絶大なのだ。
そしてフィリピン留学の特徴はマンツーマン授業である。グループクラスが中心の駅前留学や欧米留学では話せる量が違うのだ。仮に一週間に3回1対4のグループレッスンや欧米留学をして1対10で学ぶのであればフィリピンに数週間留学してマンツーマンで特訓すれば一年分の会話量がこなせてしまう。
私の考える学習法とは日本式の高品質でフィリピンの教師とマンツーマンで学ぶオンとオフを融合させた学習だ。私は本気で人生を変えたい人の為にQQイングリッシュを作ることにしたのである。

これからのQQイングリッシュ

今フィリピン留学、オンライン英会話もそれぞれ200社以上乱立している。私がバイク便を始めた時と同じ状況だ。これから過当競争が起こり数校に集約されるのであろう。私はバイク便のように3番で生き残る方法はしっている。一番の真似をして少し安くして少し良くすればいいのだ。しかし今回のフィリピン英会話事業では3番で生き残るつもりはない。誰もやっていない方法で一番を目指し頑張っていくつもりだ。
海外でのビジネスは想定外の連続で常に先がわからない。しかし先の見えない中を全力で走っていると無心にアクセルを開けていた走り屋時代を思いだす。初めて走る峠道を全開で攻めながら、次のコーナーの後、道はどうなっているのか? どんな景色が広がっているのか? ワクワクしながら走っている心境なのだ。
フィリピンでの英会話ビジネスは私の持てる力を全て出し切っての勝負になると思っている。今までは国内の予選を戦っている状態だった。最近は大手資本が参入してきて、いよいよ全国大会が始まりそうだ。私たちは予選から走りこんできた走り屋チームだが負けるつもりはない。私の目標は日本グランプリ制覇ではなくその後に控えているワールドGPに打って出る事なのだ。日本代表として世界を相手に戦い一番で走り抜けたいと思っている。

QQイングリッシュ オーナー 藤岡 頼光

[今しかない!! 日本に100年に一度のチャンスがやって来た。]